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 ――ごめんなさいね。口の利き方知らないクソガキで。

 鉄槌をくだしたのは、ひょろょろと線の細い、髭もじゃのおじさんだった。エプロンの胸のところに、「店長 堀尾」というバッジをつけて、わたしとヨルとを交互に見やり、ニコニコとしている。もしかしたら、男の子のお父さんかもしれない。彼は痛そうに顔をゆがめ、ゲンコツの見舞われた箇所をさすりさすりしていたけれど、何も言い返しはしなかった。その攻撃や一見厳しげな言葉の端には、いかにも親しみや愛情がこめられているふうに見えたからもしれない。いいなあと思った。

 ――君、凄いね、このギターは。とてもいいものだよ。
 ――父にもらって。父は、友だちに譲ってもらったって言ってました。

 いやあ、ギターって一概に言っても良し悪しがわからなかったから、詳しい奴に訊こうと思ってね。

 あとから訊ねたところによると、父は学生時代の友人から譲り受けたものだと言った。若いころからギターが好きで何本もコレクションしている人で、相談に行くと「お前の娘なら」と、これを渡してくれたそうだ。楽器なのだから、飾って愛でるよりも弾かれて本望だと(プレイのほうはからっきしなのだとか)。

 ――そうか、うん、比較的ボディが小ぶりだからね、女の子でも弾きやすいんじゃないかな。

 大事にしなさいね。弦はあんまり細いとね、切れやすいから、ライトかミディアムくらいにしておいたほうがいいよ。切れるとね、怪我しやすいからね。
 そう言ってパッパッと話を進め、ついでに入門するにあたって必要なあれこれを選んでくれ、すすめてもらうままにわたしはそれらも購入することにした。

 ――これからどこか教室にでも通うのかな?

 お会計は引き取りのときでいいよと言ったのち、堀尾さんは訊ねた。

 ――いえ、とくに。

 そういえば、ギターをもらってすでにいっぱしのギター弾きのつもりでいたけれど、一人で練習しても上達しないものなのだろうか? 急にわたしは不安になった。

 ――だったらうちに練習に来ない? 最近うちの息子たちも楽器を始めてね。君は、中学生かな? みんな同じくらいの子たちだし、初心者だからすぐに打ち解けられると思うよ。

 堀尾さんは憮然とする男の子の頭の上にポンと手のひらを置いた。初心者の方でしたか。

 ――結構です。

 と、答えたのは、わたしではなくヨルだった。


 ――教えてくれる人近所にいるので。

 そんな人いますっけ? とわたしはおそるおそるヨルを見上げた。やっぱりまだこわい顔をしている。
 堀尾さんは、あらそうか残念だと笑って、「上にスタジオもあるから、いつでも弾きにおいでね」と言ってくれた。