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連載WEB小説 スメルズ・ライク・ティーン・スピリット








 ニルヴァーナ、オアシス、クラッシュ、グリーン・デイ
 ラジオで情報を仕入れ、洋楽ロックのCDを集めるのがアキちゃんの趣味だった。
 暁、と書いてアキラと読む。母がアキちゃんを身ごもったとき、生まれてくるまで男の子だと聞かされていたらしく、名前の候補はすべて男の子のものばかりだったという。生まれてきた子の性別が女の子だと判明したとき、両親は大変驚いただろう。候補の中でもいちばん中性的なものをえらんだら、アキラだったらしい。
 いろんなところで、ことあるごとに「男みたいな名前」とバカにされてきただろうに、アキちゃんは気にもとめなかった。むしろ、長い髪をバッサリ切って年中ジーパンを履いたりなど、あえて男らしい装いをしていたぐらいだった。
 さっぱりとして、かっこいいひとだった。明るく快活で、そして、男の子みたいな恰好でいても、アキちゃんはずっと女の子らしかった。
 運動もできて勉強もできて、絵に描いたような優等生だった。妹のわたしも両親も親戚一同も、アキちゃんのことが誇らしく、大好きだった。
 同年代の子たちがテレビのアイドルなんかに熱をあげている中、英語の歌、それもちょっとワルい感じで男くさい音楽を聴いている自分――ぜんぶひとに教えてもらったのだけれど――が大人っぽくて好きだった。中学生になったら、わたしもアキちゃんみたいになるのだと思っていた。
 音楽に詳しいアキちゃんは、つねに「ギターが弾けるようになりたい」と言っていたけれど、部活のテニスや塾で忙しく、部活がない日はだいたい友だちや恋人と会っていたので、結局始めずじまいだった。

 アキちゃんがいなくなって、アキちゃんのおしえてくれた音楽は聴かなくなった。そのかわり、わたしはギターをはじめた。







 少し身軽になって家に着く。何も解決はしていないのだけれど、人に話すと心が楽になるんだということを知ることができた。
 谷さんにはすべて話してもいいような気がする。今は無理だけれど、そのうち喋れる日が来ればいい。
 そのときはめぐちゃんにも、すべて話せるだろう。

 寝室を覗くも、母のすがたはなかった。今日は休むのかと思っていたけれど、出勤したらしい。リビングへ向かう。炊飯器にごはんがあったので、冷蔵庫から卵とバターとにんにくチューブを取りだし、ガーリックバターライスをつくり、目玉焼きをのせたものを昼食にした。ジュースが飲みたかったけれどなかったので、牛乳をグラスになみなみと注ぎ、立て続けに二杯飲んだ。そしたらもうすることがなくなって、自分の部屋に戻る。
 CDラックから一枚えらび、コンポにセットする。男の人三人組の、サイケロックというか、なんだか変な音楽。うるさいファズギターもくせになる。頭がゆらゆらしそうで、くせになる。
 以前は洋楽を聴いていることがかっこいいことだと思っていた。邦楽なんか海外の真似ばかりでちっともイケてない、と。でも、そうではなかった。国内にもいい音楽はちゃんとある。それほど多くはないかもしれないけれど。
 マンガを数冊抱えて、ベッドに寝そべる。しばらくはパラパラページをめくっていたが、じきに閉じてしまった。音楽に集中する。
 あおむけになって、目をつむる。音のひとつぶひとつぶを、ひろいあつめてゆく。心地がよかった。体がふわふわと重力を失って、まるで水面をたゆたっているような不思議な気分になる。音が遠くなる。いつの間にか眠っていた。



 目がさめたら、もう陽は沈んだあとだった。真っ暗な部屋。空気がひんやりとする。半袖の制服から出た腕に触れるとびっくりするくらい、つめたくなっていた。
 たくさん眠ったせいで、頭がぼうっとした。家中がシンとしていて、心細くなる。今何時だろう。
 電気をつけて壁の時計を見あげると、もう20時だった。六時間近くも眠ってしまった計算になる。お風呂に入ろうと思う。

 一時間かけてゆっくり湯船につかった。浴室から出てくると、おなかはすかないかわりに、喉がひどく渇いていた。ジュースが飲みたかったけれど、冷蔵庫にはなかった。冷蔵庫のドアを開いてから、昼間もおなじことを考えていたことを、そのときに思いだす。母がリキュールを割るのにストックしていたトニックウォーターをみつけたので、一本もらう。甘くて、炭酸が効いていて、ほんのりレモンの味がする。ジュースとまあ、似たようなものだ。
 部屋に戻り、ディスクを変える。女の子ふたりと男の人ひとりの3ピース邦楽ロックバンド。ボーカルの女の子の声がかっこいいのだ。演歌歌手さんのような、こぶしのきいた声。そんな彼女らの最新アルバムだった。歌詞カードを取りだし、缶のままトニックウォーターをすすり、読む。アルコールは入っていないはずだが体がポカポカとして、いい気分になってきた。むしょうにギターが弾きたくなった。ずっと弾いてなかった禁断症状みたいに。
 一度は着た部屋着を脱ぎ、頭からパーカーをかぶって細身のパンツを履く。濡れたままの髪をゴムで上のほうにまとめる。仕上げに、めぐちゃんからもらった化粧水を少しだけつけてギターケースをかつぎ、部屋をでた。