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「なんのバイトだよ」
「飲食店」
「お前が? 人見知りなのに? どこで働いてんの」
「教えない」
「なんでだよっ」
「とにかく、あたしらもう行くから。元カレもさっさと教室帰ったら」
「だからまだ認めてないっつの」

 行こ、と、めぐちゃんがわたしの背中を押す。やっと足は本来の役割を思いだしたようで、一歩二歩と、たどたどしくヨルの横を抜け、その場を立ち去る。
「とりあえず、ちゃんと話しよう。また」まだぶすりとしたままの声で、ヨルは言った。わたしは答えなかった。



「ちゃんと話し合ったほうがいいんじゃない?」

 ずいぶん離れてから、めぐちゃんは言った。
 ゆるゆる頭を振った。「話せるようなことは何も」頭が重くて、刈り入れ前の稲穂のようだ。地面を見つめたまま、わたしは答えた。
「だからって、言わなきゃあんたが悪者になるじゃない」
「しょうがないよ。……悪いのはこっちだし」
「アサ」悲しそうに、めぐちゃんはわたしの髪を撫でた。「あんたがいつ悪かったのよ」

 わたしは答えなかった。







 ギョウザ…コーテル
 チャーハン…ソーハン
 天津飯…テンハン
 焼きそば…ソーメン
 唐揚げ…エンザーキー

 口の中で呪文をとなえながら、廊下をゆっくり歩いてゆく。17時からはバイトだ。
 放課後までのことは、全然おぼえていなかった。ホームルームで学園祭の話をするなど、いろいろ取決めがあった気がするけれど。目だけひらいて、ずっと人形のようにぼんやりとしていた。
 クラスの女の子たちが、これからお昼を食べてカラオケに行くんだと誘ってくれたのも、断ってしまった。惜しいことをした。ぼんやりなんて、いいことはひとつもない。しかたがないので、帰宅することにした。

 ギョウザ一人前は、「コーテル・イー」または、「イーガ・コーテル」。ギョウザ2人前みっつは、「コーテル・リャンガ・サンテー」。チャーハン大盛りは、「ソーハン・ヤザワ(ヤザワ?)」。
 謎の呪文。もといバイトの用語をとなえつつひとりで下駄箱、そこに待ち受けていた人影をみつけ、ちいさくあげてしまいそうになった悲鳴を、わたしはあわてて、飲みこむ。

「ヨル」

 泣きそうな声が出てしまう。わたしたちの教室は一年生の教室の中でも一番端にあるから、下足へ行くには他クラス全部の教室前を通らなくてはならない。だから、みんなが帰るまでわざわざ教室で時間をつぶしていたのに。それが、あろうことか、一番会いたくないひとに会ってしまうなんて、まったく意味がない。
 助けをもとめるみたいに、ついうしろを振りかえった。わたしの救世主は、いなかった。

「岸なら委員会。一時間は終わんないんじゃね?」
「もう帰るから。そこどいて」
「こうでもしなきゃ、アサは逃げるだろ」
「お願い」とほうにくれて、わたしは言った。「そこどいて」話すことなんか、なんにもないの。

 ヨルが、うごいた。それだけでビクリと反応してしまう。
 それまでもたれていたロッカーからいったん離れると、ヨルは体の方向を変え、ロッカーのドアを開け、わたしのスニーカーを出した。それを片手に、肩にかつぐようなかたちで高いところ――わたしの背が低く、ヨルの背が高いから自然とそういうことになるのだけれど――へ持ってゆき、こちらと正面から向き合った。

「どうせバイトまで時間あんだろ。話させろ」

 靴を人質に。なんという、こそくなまねを。
 わたしはちからなく頷いた。