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 2-2

 「大変だね、早起き」と気を遣うと、めぐちゃんはフンと鼻を鳴らし、「これから毎日来るからね。見張りをかねて」などと言う。
「そんなことしなくても休まないよ。大丈夫」へらっと笑ってみせる。
「ほら、座って今日はメイクもしたげるから。早く」無視。まったく信用されていないのだ。
「ああ、はい」すみません。情けないようだが、このおそろしい親友さまには、すなおにしたがうほかない。

 鏡台の前へ座らせたわたしの髪を、めぐちゃんはあっというまに編みあげてしまう。

「相変わらずの鮮やかなお手並みですなあ」
「うるさい。次、顔貸しなさい」
「言い方が物騒だよ」

 めぐちゃんには十歳年上のお兄さんがいて、彼はスタイリストのお仕事をしている。自分も同じ道に進み、いつか一緒にお仕事をするというのが、彼女の夢だ。
 わたしは、めぐちゃんをみるといつも姉を思いだす。めぐちゃんがうらやましい。美人で背も高くて、明るくてさばさばしているし、どこへ行ってもすぐ友だちができる。そして、夢がある。自分の進むべき道を知っている。わたしとはすべて、正反対だ。鏡台に向かってメイクをほどこしてもらいながら、ちらりと鏡に映る、ベッドの足もとあたりに目をやる。わたしはそんな自分がきらいで、“それ”を始めたのではなかったか。夏休みに入ってからは一度も触れていない、“それ”。きっとうすく埃が積もっていることだろう。

「はい、終わりー。とっとと行くよ、学校」

 エントランスへでたとき、つい携帯のディスプレイで時間を確認する。7時43分。未練がましいみたいに時計を確認するわたしにめぐちゃんだって気づいたはずなのに、彼女は黙って駐輪場へと歩いていってしまった。しかたなくて、わたしもそのあとを追った。








「あ、杉村さん今日かわいーっ!」
「めぐちゃん……岸さんがしてくれたの」
「いーなあ、私もして貰いたい」
「ホントだあ、かわいー!」

 席につくなり、クラスの女の子たちに取り囲まれる。
 めぐちゃんとはクラスが違う。わたしは四組で、彼女は一組。遠距離恋愛のようなものだ。だけど、おんなじ学校に通えるだけで嬉しい。

「杉村さんせっかく似合うのに。毎日してこればいいのにー」
「不器用だもん。自分じゃできないよ」
「そんなむずかしくないよー別に」
「あの、なんか、まぶたのキワキワのところに線引いたりとか、あんなのぜったいできないし、まつげをカールするやつ……あれもこわい」
「ツケマにしたらいーじゃん」
「ツケマ?」
「違うよシオリ、ツケマのときもビューラーはするんだよ」
「えー、私したことなかったー」
「なじまないっしょ? 軽くカールさせとかないと」
「そういうもん?」
「そー、そー」

 目の前で、繰りひろげられる高度な会話についていけない。わたしはただ、ニコニコに徹する。

「毎日おしゃれだと、彼氏も喜ぶっしょ?」

 ニコニコのまま、固まる。

「松田くんの喜んでる姿想像できないー!」
「いつも無表情だからね」かすれた声で、それだけ言う。
「ねえねえ、松田くんってどんなことで喜ぶの?」
「私一回だけ笑ってるとこ見たことあるよ! 鼻血出そうだった! すッごいイケメン!」

 ニコニコのまま、わたしは今座ってるこの椅子の下の板がパカンと開いて、落ちていけたらと真剣に思った。「脱落!」とか「失格!」とかになりたかった。
 救いのチャイムが鳴って、みんな散り散りに各自の席へと戻ってゆく。押し殺した息を吐きだした。これから、さっきみたいなことはいつでも起こるのだろう。キリキリと、胃が痛んだ。転校しようか。切実に思うのだった。