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連載WEB小説 スメルズ・ライク・ティーン・スピリット

 え? 思わず足を止めてしまった。

 

「え、な、なんで知って」

「ええーっ、杉村さんってギター弾けるの?」

 

 校舎を出たところで立ち止まっているわたしと北川くんに気付いた女の子たちが戻ってきた。や、まあ、ちょっとだけ。もごもご言って歩みを再開する。渡り廊下の終わり、校舎の先はコンクリートの階段が続いている。サッカー場などないわれわれの学校なので、見学となればその砂まみれの段々に座るしかない。わたしたちは手で軽く砂を払い、いちばん上の段に腰をおろした。居心地がわるかった。どうしてだか北川くんが隣に座っているのだ。香水だろうか、爽やかな柑橘系の香りがする。

 

「オレ最寄りが××駅だからさー。杉村さんが駅でよくアコギ弾いてるの知ってるよ。超うめーんだから」わたしの心中などまったく気にしない北川くんはニコニコとしている。

「ああ」そっか。このひともヨルやめぐちゃんや彼女らとおなじ中学校出身なのだった。

「えー! そうなんだあ。知らなかったあ」

「……遅い時間だから、いつも」苦笑い。

「でも意外ー。音楽が好きなの?」

 

 それほどでもないとは言えず、あいまいに笑ってごまかした。わたしがギターを始めた動機なんか不純すぎて、誰にも言えないことだった。

 黙ってグランドを見つめる。サッカー部は奥のほうで練習しているので、ここからは遠すぎてどれがヨルだか、はっきりと判別することはむずかしい。でも彼はどこにいても目立つひとだから、ぼんやり「あれだな」という目星はつく。ごまつぶ、とまではいかなくとも、米つぶ程度にしかみえない活発なスポーツマンたちがグランド中を右往左往するさまを、漫然と眺めていた。暑いのに大変ですね。すごいですね。心の中で、ねぎらう。その隣で北川くんや女の子たちが話をしているけれど、半分もきいていなかった。ときどき相槌をうってみたり、みんなとおなじタイミングで笑ってみたりする。

 

「あれ、松田くんじゃない?」

 

 われわれが腰をおろしてから十分が経とうかというとき、サッカー部の群衆から米つぶがひとつはじかれたように、こちらに向かって駆けてくるのがみえた。あ、ほんとうにヨルだ。わたしがつぶやくと、女の子たちははしゃいだ声をあげて立ちあがり、猛スピードで駆けてくるわたしの(現時点ではまだ)彼氏にむかってぶんぶん手を振った。

 あっというまに石段の下にたどり着いたヨルの顔は、逆光になってよく見えないが、大股でのぼってくるそのたたずまいで、ずいぶんご立腹のようであることに気がついた。

 

「アサっ」

 

 そしてその表情がはっきりと確認できる距離にまでやってきたとき、やっぱり怒っているなと思うのと、こわい顔をしたヨルが低い声でわたしの名前を怒鳴るのとは同時だった。

 

「何してんだよ。なんでこんなとこにいんだ」

「みんなで松田くんの練習みにきたんじゃんか」

 

 返事をしたのは北川くんだった。ヨルは彼にギロリと一瞥をくれると舌打ちをし、わたしの腕を怒り任せといった感じで乱暴に引っぱって立ちあがらせた。思わず痛いと声が漏れてしまう。

 

「は、何イラついてんだよ。かわいそうだろ」北川くんが驚きと怒りの混じった声をだす。ヨルは無視する。わたしの腕を引いてずんずん歩いてゆくそのうしろを、わたしはおとなしく小走りで続くしかなかった。