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スメルズ・ライク・ティーン・スピリット

 4-4

どうしてわたしのギターのことを? という疑問は口にだされるまえに北川くんの言葉と顔の前で手をあわせてペコペコする、その必死な姿勢によって立ち消えになってしまった。 わたしは肩のストラップをはずして、北川くんへとギターをさしだした。北川くんは…

 4-3

★ 帰宅ラッシュのピークを過ぎた駅前は、閑散としていた。ロータリーには車の一台もなく、ときどき裏の道路を通り過ぎるエンジン音が聞こえるほかは、しずかなものだった。 高架下、円周がベンチになっているおおきなコンクリート柱のひとつのそばへ、自転車…

 4-2

――ごめんなさいね。口の利き方知らないクソガキで。 鉄槌をくだしたのは、ひょろょろと線の細い、髭もじゃのおじさんだった。エプロンの胸のところに、「店長 堀尾」というバッジをつけて、わたしとヨルとを交互に見やり、ニコニコとしている。もしかしたら…

【4.楽器屋さんの男の子の話と、北川くんのお誘い 】

4-1 中学生になったお祝いに、ギターはもらった。そのときはすでに離婚して離れて暮らすようになっていた、父に。 嬉しくて、すぐにヨルを招集し、楽器屋さんを探した。頭をつきつけて、いかにもぶあついタウンページをめくって。タウンページで実際に何かを…

 3-4

★ ニルヴァーナ、オアシス、クラッシュ、グリーン・デイ。 ラジオで情報を仕入れ、洋楽ロックのCDを集めるのがアキちゃんの趣味だった。 暁、と書いてアキラと読む。母がアキちゃんを身ごもったとき、生まれてくるまで男の子だと聞かされていたらしく、名…

 3-3

「シンヤー」 落ち着き始めていた胸が、ふたたび早鐘を打った。 その場に凍りついていると厨房の先輩が顔が覗かせた。長谷川さんだ。背が高くて、バイトの先輩のなかではいちばん男前かもしれない。谷さん同様、ヤンキーだけれど。 「あれ? 杉村さんだ。一…

 3-2

★ 今日から、いよいよ制服を着て働くことができる。嬉しい。 そうだ、しばらく学校に行くのはやめよう。店長にはてきとうに説明をして、夏休みとおなじように、朝から晩まで働かせてもらおう。ほとぼりが冷めたら、また登校すればいい。前向きな休学なのだか…

【3.バイト先で死体となったこと、アキちゃんについてのみじかい話 】

3-1 夏休みも残りわずかというころ、歓迎会もかねてバイト仲間でのカラオケ会が開催された。 これまで、大勢でワイワイとどこかに出かけることがなかったわたしは、はじめてのことに舞いあがり、大変盛りあがった。ひじょうにたのしかった。それでつい、終電…

 2-5

「でも、話すことなんかホントに何もないのに」 「しつけーな。俺はあるんだって。なあ、悪かったよ。こないだのこと」 わたしは首を振った。「ヨルは、」いまさら謝られたところで。 わたしがどんな気分だったか。 あの日、ヨルは。 「……ヨルは何も悪くない…

 2-4

「なんのバイトだよ」 「飲食店」 「お前が? 人見知りなのに? どこで働いてんの」 「教えない」 「なんでだよっ」 「とにかく、あたしらもう行くから。元カレもさっさと教室帰ったら」 「だからまだ認めてないっつの」 行こ、と、めぐちゃんがわたしの背中…

 2-3

始業式は、一限目にとりおこなわれた。 校長による冗長的な話があり、新任の先生の紹介があり、県大会でベスト4に残った柔道部の表彰式があった。 それらの光景はすべて、目でしっかり見ていたはずなのに、あとには何にも残らなかった。柔道部キャプテンが…

 2-2

「大変だね、早起き」と気を遣うと、めぐちゃんはフンと鼻を鳴らし、「これから毎日来るからね。見張りをかねて」などと言う。 「そんなことしなくても休まないよ。大丈夫」へらっと笑ってみせる。 「ほら、座って今日はメイクもしたげるから。早く」無視。…

【2.幼馴染のヨルの話 】

2-1 ヨルの家とは、父親同士が仲が良かった。 ふたりは中学校からの同級生だった。高校、大学と同じ道をあゆみ、同じ会社に入社した。何年かののち父たちは、同時期に退職しそれぞれ会社を立ち上げた。ふたつの会社は今ではひとつに統合されているが、前身の…

 1-4

★ 「いっ、痛いよ、ヨル」 怒(いか)れるヨルの持久力はすごい。いくらヨルだって練習中に、と踏んでいたが、ぐいぐい引っぱられるまま小走りでついてゆけばもう、王の漢字のかたちになった校舎のまんなか、図書室のある中央校舎の下まで来てしまった。 中…

 1-3

え? 思わず足を止めてしまった。 「え、な、なんで知って」 「ええーっ、杉村さんってギター弾けるの?」 校舎を出たところで立ち止まっているわたしと北川くんに気付いた女の子たちが戻ってきた。や、まあ、ちょっとだけ。もごもご言って歩みを再開する。…

 1-2

ポカリを買って、とりとめないおしゃべりをしながら、サッカー部が練習をするグランドへみんなで向かった。 漢字の「王」のかたちになった校舎を抜けると、広いグランドに出る。みっつめの校舎の手前までやってきたとき、向かいから派手な赤髪をした長身の男…

【1.終わりの始まり、すべての始まりの話 】

1-1 蝉の声がうるさい。 クマ蝉、ミンミン蝉、アブラ蝉。蝉。蝉の声……それをいったん意識してしまえば最後、目は文章を追ってはいても、内容はまったく頭に入ってこないはめに陥ってしまう。それに気づき(あーあ)、いくらか頁《ページ》をさかのぼる。そし…

【 プロローグ 】

0.存在するかもしれない未来の話 それでは次のバンドですという、女性MCの高らかな宣言とともに紹介VTRが始まった。 アーティスト写真が画面いっぱいに映り、右下にバンド名が表示される。【THE SNARCS】というのが彼らの名前らしい。 “スナーク”とはルイ…

【連載WEB小説】スメルズ・ライクティーン・スピリット 

家族同然の幼馴染兼恋人と別れた16の夜、朝日はクラスのイケメン・北川くんからバンドへのお誘いを受ける。親戚中からほとんど全能のように崇められていた優秀な姉の巨大な影の下にいたせいで、自分の価値を見失ってしまった少女が、自分にしかできないこと…