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 1-4

 

 

「いっ、痛いよ、ヨル」

 

 いかれるヨルの持久力はすごい。いくらヨルだって練習中に、と踏んでいたが、ぐいぐい引っぱられるまま小走りでついてゆけばもう、王の漢字のかたちになった校舎のまんなか、図書室のある中央校舎の下まで来てしまった。

 中央校舎だけ一階部分がない。等間隔に並んだ角柱に支えられたその下は広い中庭となっていて、まんなかあたりに購買部と学生食堂があった。しかしこのままでは渡り廊下から左右に突き出た校舎部分がアンバランスになるため、両端につくられたコンクリートの階段がそれをがっしりと支えている。グランド側を向いて渡り廊下の右側は、一面芝生が敷きつめられていた。文化祭シーズンには特設ステージが設置かれたり、たくさんの出店で賑わうらしい。天気のいいよく晴れた日には、シートを持参した生徒らがここでめいめい昼食をとる。芝生側の階段下に到達すると、ヨルは植えこみの陰にわたしを引きずりこんだ。ここまで五分弱、ヨルは一言もしゃべらない。

 ぐっと肩を押され、うしろに転倒しかけてしりもちをついてしまった。したたかに腰を打つ。悲鳴が漏れる。ヨルは黙ったままだ。乱暴にあごをつかまれ、キスをされた。口内に、舌が差しこまれる。肌の表面を、ぞわっとしたものがはしる。顔を背けようとするにもがっちりとあごを固定されているせいで、逃げられない。苦しい。わたしはどんどんヨルの胸をたたいた。でも、押そうが引こうがびくともしない。声が漏れる。苦しい。体力のないわたしのこと、五分ほど小走りをすれば立派に息も乱れる。そのうえ、口を塞がれてしまったのだ。苦しくないわけがなかった。

 ようやく解放され、体が酸素をもとめておおきくあえぐ。ちからが入らない。へたりこんでしまう。

 

「は、……ヨル……、なに」

「なんで俺の言うことが守れねーの」しゃがんだ姿勢のまま、お仕置き、と言ってヨルは冷たい目でこちらをにらみつける。「今度破ったらもっとエロいお仕置きするからな」

「なに、それ」まだ息が整わない。言葉がみつからなかった。

 

 動機がはげしくなる。うるさい。息が落ち着いてゆくと今度は、怒りがじわじわと湧いてきた。

 

「いいの、練習中にこんな」

「それをお前が言うの? お前が抜けさせたんだろ」

 

 舌打ちをし、立ちあがったヨルは腕をユニホームの裾からつっこみ、鍛えられた腹筋とほっそりとした腰が覗くのもおかまいなしに、その胴部分の生地を伸ばして髪の先から額から滴る汗をぬぐった。伸びた前髪をかきあげる。ため息をつく。

 

「次はないからな。わかった?」

 

 もうしない。わたしは言った。想像したよりも低い声になった。

 

「わかったんならいーけど」

「二度としない。帰る」

 

 一度こちらに背を向けたヨルがこわい顔をして振り返った。「は?」

 

「もうヨルとはやっていけない。別れる。もう付き合えない。帰る」

「は? 何それ、逆ギレ? おとなしく待っとけつってんの」

「もう無理。もうやだ。なんでヨルにあれこれ言われなきゃいけないの」

 

 目元を指でぬぐい、声を荒げる。違う。ほんとうに言いたいのはこんなことじゃない。ほんとうに無理だと思ったのは、もっと違う理由だ。

 だけど、それは一生誰にも言えない。

 

「だいたい、不相応なんだよ。身の丈に合わない。こんなの」

「は? どういう意味だよ。なんなの? こないだのことまだ怒ってんの?」

「じゃあ」もう目元をぬぐうこともしなかった。「わたしのどこが好きなの」

 

 ヨルは言葉に詰まった。

 

「……もういい。二度と会いたくない」

 

 ようやく立ち上がることができた。スカートのうしろをはたく。膝やふくらはぎにも、砂がたくさんついている。すりむいたのか、肌が熱を持ち、ひりひりとする。

 

「待てって!」

 

 また乱暴に腕を掴まれた。離してと言い腕を振り払った、ところで、遠くから怒号が聞こえた。地響きを思わせるような、おそろしい声だった。

 わたしもヨルも、同時に体をこわばらせる。

 

「ゴルァァァァ松田っ!! 練習中に何やってんだ!!」

 

 サッカー部の顧問の先生だ。

 ヨルは「げっ」と浮足立った声をあげたが、逃げるにはおそすぎた。すぐに首根っこをつかまれ、そのままずるずると引きずられてゆく。

 

「ちょ! ちょっと待ってください! 大事なとこなんすよ今!」

「アホか! サッカー部員が練習以上に大事なことがあるかっ」

 

 アサっ、アサっ、とヨルは往生際わるく怒鳴っていたけれど、それも次第に遠くなり、聞こえなくなった。ばかみたい。わたしは息を吐いて校舎に入るべく、階段に向かった。一段めに足をかけたとき、一度はおさまった涙腺がまたゆるんできて、あわてて上を向く。数秒そのままの姿勢でいる。顔を正面に戻す。二段めにのぼる。またもぶわっと涙が浮かんで、あわてて上を向く。下まぶたのきわを、指で拭う。しっかりしろ。頬を叩く。叱咤する。

 しっかりしろ。ヨルなしでももう、生きていくんだろう。わたしはもう、家族なんかいなくたって、ひとりで生きていくんだ。

 1-3

 え? 思わず足を止めてしまった。

 

「え、な、なんで知って」

「ええーっ、杉村さんってギター弾けるの?」

 

 校舎を出たところで立ち止まっているわたしと北川くんに気付いた女の子たちが戻ってきた。や、まあ、ちょっとだけ。もごもご言って歩みを再開する。渡り廊下の終わり、校舎の先はコンクリートの階段が続いている。サッカー場などないわれわれの学校なので、見学となればその砂まみれの段々に座るしかない。わたしたちは手で軽く砂を払い、いちばん上の段に腰をおろした。居心地がわるかった。どうしてだか北川くんが隣に座っているのだ。香水だろうか、爽やかな柑橘系の香りがする。

 

「オレ最寄りが××駅だからさー。杉村さんが駅でよくアコギ弾いてるの知ってるよ。超うめーんだから」わたしの心中などまったく気にしない北川くんはニコニコとしている。

「ああ」そっか。このひともヨルやめぐちゃんや彼女らとおなじ中学校出身なのだった。

「えー! そうなんだあ。知らなかったあ」

「……遅い時間だから、いつも」苦笑い。

「でも意外ー。音楽が好きなの?」

 

 それほどでもないとは言えず、あいまいに笑ってごまかした。わたしがギターを始めた動機なんか不純すぎて、誰にも言えないことだった。

 黙ってグランドを見つめる。サッカー部は奥のほうで練習しているので、ここからは遠すぎてどれがヨルだか、はっきりと判別することはむずかしい。でも彼はどこにいても目立つひとだから、ぼんやり「あれだな」という目星はつく。ごまつぶ、とまではいかなくとも、米つぶ程度にしかみえない活発なスポーツマンたちがグランド中を右往左往するさまを、漫然と眺めていた。暑いのに大変ですね。すごいですね。心の中で、ねぎらう。その隣で北川くんや女の子たちが話をしているけれど、半分もきいていなかった。ときどき相槌をうってみたり、みんなとおなじタイミングで笑ってみたりする。

 

「あれ、松田くんじゃない?」

 

 われわれが腰をおろしてから十分が経とうかというとき、サッカー部の群衆から米つぶがひとつはじかれたように、こちらに向かって駆けてくるのがみえた。あ、ほんとうにヨルだ。わたしがつぶやくと、女の子たちははしゃいだ声をあげて立ちあがり、猛スピードで駆けてくるわたしの(現時点ではまだ)彼氏にむかってぶんぶん手を振った。

 あっというまに石段の下にたどり着いたヨルの顔は、逆光になってよく見えないが、大股でのぼってくるそのたたずまいで、ずいぶんご立腹のようであることに気がついた。

 

「アサっ」

 

 そしてその表情がはっきりと確認できる距離にまでやってきたとき、やっぱり怒っているなと思うのと、こわい顔をしたヨルが低い声でわたしの名前を怒鳴るのとは同時だった。

 

「何してんだよ。なんでこんなとこにいんだ」

「みんなで松田くんの練習みにきたんじゃんか」

 

 返事をしたのは北川くんだった。ヨルは彼にギロリと一瞥をくれると舌打ちをし、わたしの腕を怒り任せといった感じで乱暴に引っぱって立ちあがらせた。思わず痛いと声が漏れてしまう。

 

「は、何イラついてんだよ。かわいそうだろ」北川くんが驚きと怒りの混じった声をだす。ヨルは無視する。わたしの腕を引いてずんずん歩いてゆくそのうしろを、わたしはおとなしく小走りで続くしかなかった。

 1-2

 ポカリを買って、とりとめないおしゃべりをしながら、サッカー部が練習をするグランドへみんなで向かった。
 漢字の「王」のかたちになった校舎を抜けると、広いグランドに出る。みっつめの校舎の手前までやってきたとき、向かいから派手な赤髪をした長身の男の子が歩いてくるのがみえた。背中にはギターの黒いソフトケースを担いでいる。彼は同じクラスの、

「北川くんだっ」

 わたしが彼の姿を認めると同時、もちろん前を歩く女の子たちも彼を見つけ、走り寄っていった。北川くんはそんな彼女らに片手をあげ、爽やかに笑ってみせる。
 軽音部の男の子だ。短い髪を燃えるような真っ赤に染め、ワックスで立てている。男女分け隔てなく愛想がいい人気者、きわめつけが女の子も顔負けの甘いマスク。モテないわけがない。もっとも近しいところでいえば、めぐちゃんもまた北川フリークの一人である。

「どこ行くの?」
「杉村さんがねー、彼氏の練習するとこ見たいっていうから」え?「みんなで付き添いなのー」ええ?

 北川くん(近くでみたらやっぱりきれいな顔だとわたしは思った)はその言葉でようやく所在なさげに佇むわたしの存在に気が付いたようで、くしゃっと顔をくずし、「めずらしーね」と笑った。きれいな顔。わたしは赤くなってうつむいた。

「北川くん、どっかに行くのー?」
「や、今日はメンバー誰も来ねーからもう帰ろっかと思って」軽音部、この上なんだ。渡り廊下の天井を指し、北川くんは言った。
「そうなんだー」
「ひどいんだよね、みんな彼女優先してさー」頬を膨らませたり、腕を組んでみせたり。いちいちのしぐさが派手で、華やかだ。
「北川くんは彼女つくらないの?」
「ん。今は音楽に集中してたいっていうか。彼女と遊ぶよりギター弾いてるほうがたのしーし」
「えー? つくろーよ彼女ー」

 女子たちはきゃいきゃいと声を弾ませ、北川くんをとり囲む。今帰ると言ったはずのその北川くんは、なぜか体の方向を180度ぐるりと変え、わたしたちと同じくグランド方面へと歩みを進めている。どうみても、女好きのちゃらちゃらしたひとにしか見えない。
 渡り廊下の終わり、最後の校舎を抜けると、とたんに目に強い日差しが飛びこんできた。目を細め、右手を額にあててひさしをつくる。グランドにはサッカー部の他にも野球部やラグビー部、陸上部といった人たちが汗をながし、それぞれの思いを目標を夢をその胸に抱き、練習に励んでいた。前向きな活気に満ちたおおきなおおきなエネルギー。なんだか胸やけするような心持になって、もうすでに帰りたいわたしだった。

「杉村さんって」

 顔をあげると、すぐ隣に北川くんが立っていた。たちまち緊張が全身を支配する。

「え、な、何」
「はは、なんかビビってる? オレクラスメートなのに」北川くんは苦笑してみせ、こちらにぐっと顔を近づけた。
「や、あの、初めて喋りかけられたから」ち、近い。顔をそらし、なんとかそれだけ答える。
「ホントはもっといろいろ絡みたいんだけどねー。誰かさんが許してくんねーし」
「絡……? え?」
「おなじギター弾き同士、仲良くしてーなと思って」

【1.終わりの始まり、すべての始まりの話 】

1-1

 蝉の声がうるさい。
 クマ蝉、ミンミン蝉、アブラ蝉。蝉。蝉の声……それをいったん意識してしまえば最後、目は文章を追ってはいても、内容はまったく頭に入ってこないはめに陥ってしまう。それに気づき(あーあ)、いくらかページをさかのぼる。そしたらもう、七、八ページはまるきし内容を記憶していなかったという事実にいきあたり、衝撃した。わたしは読んでいた単行本を閉じ、椅子の背もたれに体をあずけ、腕を真上にあげておおきく伸びをする。
 夏真っ盛りの図書室。南向きの窓から入ってくる陽で、真っ白になった部屋。当然というべき、エアコンのよくきいた快適な室内、窓は一ミリの異例もなくきっちりと締め切られているし、クリーム色のカーテンもすべて引かれている。それに。椅子に深く座り直し、天井を見あげてしばしぼんやりとする。わたしが座っているテーブルは、窓からかなり離れたところにある。カーテンの引かれた窓ガラスを突き抜け、書架の列をかいくぐり、ここまで届く蝉の大合唱とは。うらやましいと思う。これだけおおきな声がでれば、たくさんの人に彼らの思いは届くだろう(今回のような、届きすぎてうるさいというケースもあるが。物事には限度というものがある)。
 すっかり集中力がきれてしまって立ちあがり、学校指定のかばんから財布を取りだした。購買に行こう。アイスでも買おう。ケータイのサブディスプレイを確認する。まだ午後二時をいくらか過ぎたような時間だった。終業式のあと、本日は四時限で一学期最後の授業が終了した。そこからヨルと昼食を食べ、サッカー部の練習が始まったのが午後一時だから、まだ一時間しか経っていないということになる。なんということだ。

「あ、杉村さんだー」

 夏の空気をはらんだぬるい風が、紺色のやぼったいプリーツスカートを膨らませる。図書室を出、蝉の声を全身に浴びながら、中央校舎下の購買部に向かって歩いていくと、ちょうど購買部から出てきたらしいクラスメートの女の子たちに会った。

「購買に来たの?」
「うん。アイスでも食べたいなって」

 派手なメイクをした女の子たち。短く裾上げされたスカートからのぞく、健康的に日焼けした脚がまぶしい。わたしとは正反対の人種である。彼女らはめぐちゃん――わたしの唯一の友人で親友様だ――とおなじ中学校出身のご友人で、そのつながりでこんな地味なわたしにも話しかけてくれたり、仲良くしてくれたりする。あまりにフレンドリーな彼女らに、たじたじだった入学当時のわたしが、一学期も最終日を迎えた現在では、かんたんな会話ならなんなくこなせるようにまで成長した。段差が存在するかもあやしいような低い低いハードルではあるが、中学時代のわたしなら考えられないことだった。誰か、褒めてはくれないだろうか。

「杉村さんってさー、毎日松田くんの部活が終わるまで待ってるの?」
「そうだよ。だいたいは」だいたいは、図書室で宿題をしたり、本を読んだり。
「仲いいねー。うらやましい!」
「そうかな」そうでもないよ、の意味をこめて言う。
「そうだよー」そして伝わらない。「毎朝一緒に登校してー、わざわざ杉村さんを四組まで送ってー、で下校も一緒でー」「しかもいつ見ても手を繋いでる!」

 わたしは笑ってもう一度そうかな、と繰り返す。見るひとによっては、それが「仲がいい」ことになるのだな。でもそれも今日で終わりかもしれない。今日が終業式でよかった。明日からは夏休みだ。

「グランドのほうには行かないのー?」
「んー。行かない」邪魔になるからっていやがるし。

 そこでいちばん派手なメイクの女の子が、さもいいことを思いついたみたいに、目を輝かせて「そうだっ」と言った。「ねえ、彼氏《松田くん》の練習、みんなで見に行こうよ」

「え」
「きゃあ、いいね!」
「超いきたあい」
「や、でも」
「杉村さんも行きたいでしょ?」

 その言葉や表情からは、「まさか断られるはずがない」という思いがはっきりとこちらに伝わってくる。断りづらい。
 いや、でも、断るという選択肢もある。わたしがヨルの言いつけを破ってそこいらをうろうろなどすれば、間違いなく彼は不機嫌になるし、不機嫌になったヨルの扱いは、長年の付き合いといえど、相当に手を焼くのだった。だいたい高校に入ってからというもの、ヨルはずいぶん心の狭い男になってしまった。ほんとうは今こうして図書室を抜けて購買部に向かっていることさえ、お咎めの対象なのに。

「……じゃあ、先にジュース買ってもいい?」

 結局断りきれず、わたしは笑った。アイスを諦め、目的を水分補給にシフトする。この意志薄弱ものめ。

 

【 プロローグ 】

0.存在するかもしれない未来の話


  それでは次のバンドですという、女性MCの高らかな宣言とともに紹介VTRが始まった。
 アーティスト写真が画面いっぱいに映り、右下にバンド名が表示される。【THE SNARCS】というのが彼らの名前らしい。
 “スナーク”とはルイス・キャロルのナンセンス詩に出てくる正体不明の怪物であるが、そんなことはとりたてて重要な情報ではない。このあとのVTRでも紹介されるとおり、結成当時に活動拠点としていたライブハウスの名前から、暫定的に名乗り始めたのがいつのまにやら定着してしまった、というのがその由来である。
 紹介の前に街の声を聞いてみましょう。アナウンサーである女性MCによるナレーションののち、街頭インタビューの様子が映し出される。
 登場する若者は10代、20代、30代と様々である。

●中学生女子二人組

「かっこいいよね」
「ギターの北川くんがイケメン」
「朝日の声も好き」

●高校生男子グループ

「歌詞が全部英語なんで、最初何うたってるんやろって調べてみてびっくりした」
「なんで?」
「めっちゃキワどい」
「エロいん?」
「エロいん?」
「や、女子がうたっていい歌詞ちゃうんっすよ」
「あー」
「あー」

●大学生男子

「音楽好きのあいだで、今かなり有名。朝日の声の綺麗さと、演奏のゴリゴリさのギャップが凄い。北川の歌詞の世界観も好きです」

●20代OL二人組

「北川くんの変態さがツボ」
「え、どういうこと?」
「歌詞のほとんどはギターの男の人が書いてるんだけど、わざと汚い言葉を使ってて、それをうたう朝日ちゃんのことをみてニヤニヤしてるっていうの、雑誌で読んだことがある」
「えー!?」

●30代前半男性

「ボク、デビュー当時から応援してます。スナークにも通ってましたし。みんなめっちゃ楽器上手いんですよ。当時、高校生の中ではズバ抜けてましたね」


  ――××県出身の彼ら。メンバーのうち三人が幼馴染で、そこにギター&ボーカルの朝日を加えた四人で高校在校時代に活動を開始。バンド名の由来となったライブハウス『スナーク』での前座活動を経て2004年、当時メンバー全員が通っていた高校の文化祭でのライブで一躍有名に。――

 アーティスト紹介に合わせ、画面には二枚、三枚と写真が遷移せんいしていく。一枚目は去年のメジャーデビュー時に撮られたもので、スタジオ内の一角、床の上じかに座った四人がめいめいの方向を――ある者は俯き、ある者は真正面を見据え、ある者はそっぽを向き、ある者は何か笑いをこらえるような表情で目線を落として――向いている。数秒後、別の写真に変わった。高校在校時代に撮られた写真だ。カメラを内側に向け手前でピースをした彼女、その後ろでカメラに向かって満面の笑みを浮かべる彼、その首に腕を絡め団子状に重なり合う先輩二人が写っている。四人の仲の良さがよく伝わる一枚だ。三枚目は、ライブハウス・スナークのステージに立った当時のメンバーが演奏している写真だった。

 ――その舞台で一曲目に披露された、朝日の弾き語り映像が現在もネットで大きな話題となっていますが、その貴重な映像がこちらです。――

 静止画が消え、それに立ち替わり、今度は画質の悪い録画映像が流される。随分古い映像に見える。音は割れており撮影者は素人なのか、遠い位置から撮影しているものを無理に拡大しているせいで、人物の顔までは判別できないし、手ぶれでしょっちゅう画面が大きく上下に揺れた。控えめに言っても、いい映像とは到底呼べるようなシロモノではない。
 制服姿の少女が一人、ギターを抱えて舞台に上がり弾き語りをしている。アンプに繋いで音を膨張させる、エレキ・アコースティックギターと呼ばれる種類のギターだ。
 アルペジオの伴奏でしっとりと歌う声はまるでシルクのように心地よく、柔らかに聴くものの耳に馴染む。イギリスの偉大なロックバンド、レディオヘッドの『creep』という曲だった。ボーカルのトム・ヨークが当時恋をしていた女の子のことをうたった歌だとされていて、この曲のヒットで彼らは一気にスターダムを駆け上がったが、その後長らくヒット作を生み出せなかったことから、メンバーたちはこの曲を『crapゴミ』と呼んだという逸話があるが……それも今はとりたてて必要な情報ではない。
 彼女の素晴らしさを並べたてたのち、トムが自分の矮小わいしょうさを歌うパートに入る手前、アルペジオが突然力強いストロークに変わり、切ない歌詞とは裏腹にパワーのある演奏へシフトしたところからの、サビ。

 スタジオに居合わせた全ての人間が息を呑んだ。

 もともと1オクターブ高いキーだったというのに、そのまま高音のサビに突入したのだ。随分なハイトーンである。普通の人間の声なら聞くに堪えない雑音になってしまいそうなそれを、画面の少女はささやくような柔らかな声で、しかし会場全体に届くような伸びやかさで、見事に歌いこなしている。不快感はなかった。どころか心地よささえあり、女性MCは目を閉じてうっとりとその天使のような歌声に浸っているほど。

 ――この映像がネット動画サイトに投稿されたのは2010年のことですが、すでにバンドは無期限の活動停止中。しかし去年、出身校の文化祭で10年振りのステージに立ち、その後、またたく間にメジャーデビューが決定。現在敢行中の全国ツアーでも話題となっている新曲を本日TV初披露です!――


 その日初めてスタジオ・ライブのステージに立った彼は、ライトの眩しさに、自分の幸運に、目を細めた。
 鼓動はどんどん高まってゆき、触れればその形や手ざわりをしっかりと感じられるようだった。緊張している、やばいなと思う。口元にギュッと力を入れ笑ってみせるが、ただ、筋肉の痙攣のようにしかならなかった。

 こんな未来が来るなんて、あの日想像もできなかった。
 10年前に諦めた夢の続き。
 彼女の涙と自分の怒号、それを必死に宥める幼馴染ら。
 あの日諦めた夢の中に、未来の中に、彼らは立っていた。これを何と名付けよう。奇跡としか、呼びようがなかった。

 バンドのフロントマンである彼女が右斜め前に立っている。袖のない、シンプルなデザインの黒いミニワンピースから伸びる形のいい脚には、普段のライブでは決して履くことのない12センチのハイヒール。もとは彼の所有物だったレスポールのヴィンテージギターを抱え、観客に向けて一言短い挨拶をする。ワッと歓声があがった。その小さな背中を眺めていると、履きなれない靴のせいでリハーサル中、何度も転びかけていた姿を思い出し、吹き出しそうになった。少しずつ緊張がするするとほどけ、心が落ち着いていく。彼の口元には自然と、笑みが浮かんでいた。小さく呟く。特別だよ。

 君が特別だよ。クソ特別だ。
 オレも君にとって、そうなれたらいいのに。


  ベースが派手にリードを取った。彼は振り上げた腕を落とし、六本の弦全てを力強くストロークする。4小節目にドラムが介入する。彼女がスタジオの天井を見上げ、高い声でシャウトした。腹から湧き起こる歓喜を抑えきれないといった風に。
 悲しみの果て、絶望の終わり。
 四人の夢は、まだ幕が開けたばかりだ。

 


■より君から離れて、より自分らしく
Numb/Linkin Park

【連載WEB小説】スメルズ・ライクティーン・スピリット 

家族同然の幼馴染兼恋人と別れた16の夜、朝日はクラスのイケメン・北川くんからバンドへのお誘いを受ける。親戚中からほとんど全能のように崇められていた優秀な姉の巨大な影の下にいたせいで、自分の価値を見失ってしまった少女が、自分にしかできないこと・自分にとって大切なものを見つける物語……とかなんだかんだ言ってますが単純に、恋と音楽にかまける高校生たちのお話。
*高校一年・二年・三年の第三部作で完結の予定。各部、タイトルに一曲ずつ選んでいます。


第一部〔Numb/Linkin Park〕は自分の価値を見つけた朝日の、バンド始動と初恋の物語です。

 

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WEB小説を連載してゆきます。勉強もせずに高校生たちが、恋とか音楽とかにかまける話。しばらくは一日1ページずつ更新してゆく予定。よかったら一日の終わりに。

よろしくお願いします!

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はじめまして ~なかのひとについて~

はじめまして。S(えす)と申します。

ひさしぶりにWEB小説の連載をはじめたのだけれど、小説家になろうさんやカクヨムさんではジャンルが違うのではないかと思い、この際媒体にこだわらず、もうブログで連載しちゃおうかと思い、登録してみました。

そのほか、文章の練習として、小説やマンガの読書記録なんかもつけてみようかと。

 

■すきな作家さん/ 尊敬してやみません※順不同、敬称略

村上春樹伊坂幸太郎森見登美彦江國香織川上弘美、……など。ガイブンでは翻訳家・岸本佐知子柴田元幸の翻訳ものをよく読みます。短歌や詩もすき。さいきんは探偵モノにハマっているけれど、純文学、恋愛モノが好物。

 

少女マンガのような小説が書きたい。本への出費は将来への投資(?)と思って、たいがい糸目をつけません。

ちょっと不思議で、うつくしい文章にすいよせられます。

 

こんなかんじです。本好きさんぜひぜひ仲良くしてください。